淺沼組名古屋支店の環境性能を可視化。設計と運用の両輪で、快適性を進化させる

東京理科大学高瀬研究室×淺沼組技術研究所
研究結果報告会を開催
淺沼組名古屋支店では、改修前後の環境変化を可視化するため、東京理科大学 高瀬研究室と連携し、環境解析を実施。現在も運用面での効果検証を続けながら、より良い空間のあり方を探っています。
働き方が多様化するなかで、オフィスに求められる役割も進化を続けています。省エネルギー化や脱炭素化といった環境負荷の低減と快適な室内環境の両立には、設計だけでなく、日々の使い方まで含めた運用の最適化が欠かせません。
淺沼組では、温熱や照度などの環境性能を数値化し、快適性を客観的に評価。設計と運用の両面から空間の質を高める取り組みを継続しています。
今回は、東京理科大学 高瀬研究室の発表のもと、名古屋支店の利用者、技術研究所メンバーが集まり、これまでの研究成果と今後の検証テーマについて共有しました。


パッシブ設計と運用の工夫で快適性を追求
近年、オフィスのパッシブ手法※の採用が広がり、自動調光システムの導入や、通風利用といった、自然エネルギーを利用した建物の運用が広がっています。これにより、室内環境の改善効果が期待されています。さらに、設計だけでなく、実際の使い方や運用方法によっても、快適性や省エネ効果には大きな違いが生まれます。たとえば、窓が開かないオフィスが多いなか、名古屋支店では改修により手動で開けられる窓に変更し、自然換気を気軽に取り入れられる環境へと改善されました。
※パッシブ手法・・・太陽の熱や光、風などの自然エネルギーを効果的に利用し、省エネで快適な空間を創造する設計手法
代表的な運用方法には、次の3タイプがあります。
- 任意の手動運用:利用者が主体的に手動を行う
- 積極的な手動運用:操作を促すシステムを導入し、利用者に積極的に手動を促す
- 自動制御:全て自動制御で行う

手動運用は、省エネ効果が期待できる一方で、利用者が自発的に操作しない限り実行されにくいという課題があります。一方で、自動制御は一定の快適性を保てる反面、機械に環境をコントロールされることを不快に感じられる人も少なくありません。 一般的に、大規模な建物では効率性から自動制御が導入されることが多く、中小規模の建物では、柔軟性を持たせやすい手動運用が選ばれる傾向にあります。名古屋支店では、人が窓を開けられる環境をいかしながら、「積極的な手動運用」を採用。タブレットのシステムを用いて利用者の行動をうながし、昼光や自然通風の活用、さらに照明制御といった実践に取り組んでいます。
さらに、改修に合わせて空調・照明設備も刷新されました。
- 空調:
⚪︎3〜6階の執務フロアには、湿度調整と潜熱処理が可能な「デシカント調湿外気処理機」と高顕熱型マルチエアコンを組み合わせて導入。
⚪︎1・2・7階には、全熱交換器を採用し、換気と省エネを両立。 - 照明:
⚪︎昼光利用制御が可能な調光機能付き照明を採用。
⚪︎自然光のある時間帯には、照度を自動的に落とす仕組みを導入
こうした設備改修を経て、実際に空間の快適性やエネルギー性能がどのように変化したのか──その検証結果が続いて発表されました。
改修前後の室内温熱環境について
淺沼組名古屋支店では、改修に際して外壁に吹付硬質ウレタンフォームを60mm追加し、建物の断熱性能を大きく向上させました。
冬季の朝方の室温を比較すると、改修前に15℃程度だったのに対し、改修後は約19℃程にまで上昇。3.9℃の改善が確認できました(左図)。さらに、改修前後の南窓周辺の熱画像からは、改修後の温度むらが抑えられ、空間全体の温熱バランスが整っている様子が捉えられます(右図)。


消費エネルギーの変化について
パッシブ設計による快適性の向上に伴う、消費エネルギーの変化はどうか。名古屋支店では、改修前後で空調や照明の消費電力量をモニタリングし、環境配慮型改修の効果や効率的な運用方法について検証を行いました。
改修後の月別電力消費量は、非住宅建築物の消費エネルギー量に関するDECCデータ(日本サステナブル建築協会調査)の平均値と比較して平均50〜70%下回り、快適性を向上させても一般的な事務所ビルの約半分以下の水準で運用されていることが分かりました。


また、設計段階で想定していた建物全体の消費電力量(設計値)と改修後の実際の消費電力量(実績値)を比較すると、実績値は設計値の約101%となり、想定値との差はごくわずかでした。
照明のエネルギー消費量は、業務上細かい図面を見るために一般的なオフィスより照明の明るさを高くしているため、想定より大きい結果となりましたが、エアコン熱源のエネルギー消費量は設計値より小さい値となりました。(左図)
また、月別の空調の電力消費量について分析すると、建物全体の消費電力量のうち、冷房期は60%、暖房期は50%空調に使用していることが分かりました。(下図)

特に、吹抜けがあり、来客のため空調を稼働し続ける必要のある1F・2Fでエアコン熱源の消費電力量が大きい結果となりました。

昼光を活かした照明運用の取り組み
名古屋支店では、2025年1月に6階を対象に、自然光を活用した省エネ運用の実証実験を行いました。他のフロアでは自動調光システムが稼働しているなか、6階は設計業務の特性上、十分な照度が求められることから、自動調光がオフの状態で運用されていました。そのため、電力削減への貢献が難しいという課題を受け、業務に支障の出ない範囲でどのように省エネ運用を実現できるかを検証するために今回の実験が実施されました。

まず、業務に支障が出ない範囲として、廊下側のダウンライトを対象に自動調光システムの設定を見直し、明るさの最大値を従来の100%の設定から80%に下げる調光設定を行いました(実験前、廊下側は自動調光システムをOFFの状態で、照度はMAX)。
次に、窓からの自然光が得られるタイミングでは、ブラインドを開けるようアドバイスするタブレットを設置し、利用者に昼光の活用を促しました。その結果、平日9:00〜18:00の照明電力消費量は5%削減され、ピーク電力も4%削減。昼間の電力消費が減少したことから、昼光導入の効果が見られ、その他の階でも同様の運用を行えば建物全体で約10%の省エネ効果が見込まれることが分かりました。

また、同時に机上面の照度を測定したところ、設定前と同程度の明るさを確保できていることを確認できたため、今後も同様の運用を検討しています。

快適さや省エネは、人のそばにある
東京理科大学 高瀬研究室とともに実験を行った、淺沼組技術研究所 GOOD CYCLE DESIGN グループの勝俣佳奈は、次のように実験について振り返りました。

「今回の実証実験をとおして印象的だったのは、『この明るさがいい』や『この空気感が心地いい』という感覚を、機械に頼るのではなく、ちょっとした運用の工夫で実現できるということでした。ただ、
オフィスでは自宅とは違って窓を開けるといった行動に遠慮が生まれがちです。そういった際に、『窓を開けると良いですよ』とタブレットで声をかけるだけで、行動のハードルが下がり、実際の操作につなげることができます。
技術の力だけでなく、人の意識や関わりが加わることで、よりよい環境の循環が生まれる。快適さや省エネは、案外すぐ身近にあり、少しの工夫と意識で実現できるのだと実感しました。
技術が進化し続けるなかで、機械に頼りすぎるとエネルギー消費が増えてしまいます。だからこそ、小さな気づきや行動の変化からウェルビーイングな環境が生まれ、人が建物の運用に関わることでよりよい循環が生まれる。その一歩を踏み出すのは簡単ではなく、定量的に変化を捉えることも容易ではありませんが、今回の実験では、そうした可能性を数値として示すことができました。そうした気づきを、今後の設計や提案につなげることができるよう、これからも研究を進めていきたいと思います」